
不安感や動悸、不眠、食欲不振などの症状は、単に「心の問題」や「ストレス」として片づけられることが多いのですが、実際にはその背景に長年かけて形成された「こころの癖」や「身体の反応のパターン」が関係しています。
その一つの原因として「愛着の問題(愛着障害)」があります。愛着とは、幼少期に親や身近な大人と築かれる、安心感や信頼感に基づく絆のことです。この愛着が不安定な状態で育つと、「自分は大切にされない存在だ」「人は信じてはいけない」などの無意識の信念が心に根付き、緊張状態が続いたり、自律神経の調整がうまくいかなくなったりします。
特に、以下のような体験を重ねてきた方は、不安症に陥りやすい傾向があります。
–幼少期の暴力・無視・過干渉
–成長期のいじめ・孤独感・両親の不仲や離婚
–婚姻後のDV(家庭内暴力)や心理的支配
これらの出来事は、「自分は安全で守られている」という基本的な安心感を育むことを妨げ、心だけでなく身体の反応にも影響します。自律神経のバランスが崩れると、特に「何もしていないとき」「リラックスしようとしたとき」に動悸や息苦しさ、胃腸の不調、不眠といった症状として現れやすくなります。
こうした背景をもつ方にとって、単に「気の持ちよう」といったアドバイスや、短期間の治療では改善しにくいことが多く、心と体の両面からのアプローチが必要になります。
属性 | 60代 女性 |
主訴 | 原因不明の動悸が一日に何度もある。家にいても落ち着かない。漠然とした不安感。不眠、途中覚醒。食欲不振、何を食べても美味しく感じない。喉の違和感。顔の引きつり。胃の不快感。何をしても楽しくない。 |
状況 ・ 結果 | 状況: 1日に何度も原因不明の動悸がある。家にいても落ち着かず、常に漠然とした不安がある。寝つきが悪く、夜中に何度も目が覚める。食欲がなく、何を食べても美味しく感じない。喉の違和感、顔の引きつり、胃の不快感もあるが病院の検査では異常なし。親しい友達といても以前のように楽しく感じない。 ◆1回目 カウンセリングと鍼灸施術を実施。元気がなく、習い事などに意識的に参加しているが、常に不安感が強く、他人と関わることにも不安がある。自律神経を整えるための鍼とお灸で施術を終了。 ◆2回目(初回から5日後) 鍼灸施術のみ実施。「何をしても楽しくない」「何を食べても味がしない」とのこと。指先の震えがあり、緊張時に悪化する。不安や動悸が続いている。友人との食事も楽しめず、会話を合わせているだけと語る。 ◆3回目(2回目の1週間後) カウンセリングと鍼灸を実施。30年以上前に結婚して以来、元夫の仕事がうまく行ってないと楽しそうにしていることを許されず、長期にわたり心理的な抑圧とDVを受けていた経験を語られる。離婚後の方が不安感が強く、偶然の再会を恐れて動悸が起きる。外では元夫は穏やかにふるまうため実際に危害はないが、「もし会ったら」と考えるだけで体が反応してしまうとのこと。「楽しむことを抑制されていた」と自覚するようになり、また、自分の子どもにも影響があったかもしれないという後悔もある。 (後日、社会人の結婚したお子さんも結婚相手からDV被害を受けていたことが分かったが、現在はカウンセリングを受けながら夫婦関係を改善中とのこと) ◆4~7回目(週1ペース) カウンセリングを交えた鍼灸施術を継続。夜の動悸や不安感が少しずつ軽減し、「寝る前が一番つらい」状態が和らいできた。「~しなければいけない」という思考のクセに気づき、それを手放す取り組みも始めた。少しずつ考え方が柔軟になってきたとのこと。 ◆8~12回目(週1ペース) 引き続きカウンセリング鍼灸を実施。体調が以前より良くなり、友人と会っても少し楽しめるようになってきた。「自分が楽しんでもいい」と思えるようになってきたことが大きな変化。食事も、時々「美味しい」と感じられる瞬間が出てきた。 ◆13~15回目 習い事に加え、ボランティア活動にも参加。まだストレスを感じることも多いが、「活動できている自分」を前向きに評価できるように。お子さんとも定期的に連絡を取り合い、精神的にも支え合っている。症状が一定程度落ち着いたため、定期施術は一旦終了。今後は体調に応じて来院する方針とした。 |



今回の患者さんのように、長年にわたって精神的抑圧やDV(家庭内暴力)を受けてきた方は、たとえ物理的に安全な環境になっても、「いつかまた何か起きるのでは」と無意識のうちに体が緊張してしまうことがあります。
過去の恐怖体験や「自分には自由や安心を感じる資格がない」というような思い込みが、長く心と体に残ってしまうのです。
愛着に関する問題が背景にあると、「人と関わること」や「自分が楽しむこと」すらも罪悪感や不安の対象になってしまうことがあります。
今回の患者さんも、習い事や友人との会食など、一見ポジティブな活動でさえ楽しめず「楽しめない自分」を責めてしまう傾向が見られました。
しかし、施術を重ねながらカウンセリングを行っていく中で、少しずつ「楽しんでもいい」「安心していい」という感覚が戻ってきました。
「美味しいと感じられる瞬間が増えてきた」「人と一緒にいても少し楽にいられるようになった」など、小さな変化が積み重なることで、心と体の回復力が働きはじめます。